2019年2月19日火曜日

地衣類は光ストレス・障害を受けにくい



地衣類は極地や高山、砂漠など他の光合成生物が生存できない低温環境、高度乾燥環境下で生育が可能だといわれています。そのため、宇宙生物学(アストロバイオロジー)の生物素材として注目されているようですが、地衣類が過酷な環境下で生き抜くことができるのは、エコシステムとも言える地衣体(子嚢菌類と緑藻類の共生体)を形成しているからなようです。地衣類の光合成を担う緑藻類は地衣化していない単独の状態では低温や乾燥下でその機能を失うとのことです。

地衣類が示す強い生命力の要因の一つは、地衣類が持つ光合成の仕組みにあるようです。でも、光合成についてはほとんど無知の状態なので少し勉強することにしました。

光合成を行う生物は、過酷な低温や乾燥に曝されると光合成が停止するそうです。でも、光合成が停止してもクロロフィルは青色や赤色を吸収して光エネルギーを獲得し続けるので、光ストレスによって光合成系が致命的なダメージ(光阻害)を受け回復不能に陥るとのことです。特に光化学系Ⅱ(PSⅡ)に対するダメージが大きいようです。また最近では、水から電子を引き抜き酸素を発生させる役割を担っている機能単位である「マンガンクラスター」が、強い紫外線によって障害を受けることが明らかになっているようです。

マンガンクラスターは、光エネルギーで活性化され電子を失ったクロロフィル2量体のP680に電子を供与するために、水から電子を引き抜く枠割を担っていますが、これに伴い水素イオンと酸素が生産されることになります。このマンガンクラスターは200nm300nmの紫外線を吸収する性質を持っているので、紫外線による障害を受け易いことが分かったようです。この障害はクロロフィルによる光障害の前に生じるとのことで、光合成機能の保護の観点から重要なポイントになっていると考えられています。

地衣類では光合成の光阻害が起こりにくく、乾燥した地衣類に水を与えると速やかに光合成機能が回復するそうです1)。光阻害は、これまで強い過剰な光によって引き起こされる反応であるとされていたようですが、最近は弱い光であっても葉緑体でラジカルが形成されることが明らかになっています。このことから、光合成生物はそれらラジカルの消去システムを備えているという考え方が一般的になっているようです2)。例えば、ビオラキサンチンがアンテラキサンチンを経てゼアキサンチンにまで変化するキサントフィル経路は、過剰なエネルギーの放出系としての枠割を果たしていることが古くから明らかになっていますが、さらに新しい保護メカニズムに関する研究が盛んに行われています。

地衣類には光合成を停止させる作用を持つ化合物も存在しているようです3。光合成を停止させる化合物は除草剤として利用できるとのことですが、もしかしたら乾燥や寒冷環境中で、それら光合成停止成分が光阻害から地衣類を保護しているのかも知れません。
まだまだ光合成に関する知識は十分ではありませんが、プラスチックより光劣化に対する耐性があり、光に曝され続けているにもかかわらず、100年から1000年も生育できる地衣類の不思議な力の源に興味を持ちました。


参考)
1)Kopecky, J., Azarkovich, M., Pfündel, E. E., Shuvalov, V. A., and Heber, U. (2005) Plant Biol. 7, 156. 
2)西山 佳孝:光化学系Ⅱの光阻害:光損傷と修復阻害メカニズム、光合成研究、23(2)50(2913)
3)F.E.Dayan, et al.: Lichens as a Potential source of Pesticides., Natural Products,  Pesticide Outlood – December 2001, p229-232.


2019年2月13日水曜日

地衣類は火星で生存できるだろうか?



地衣類の中には、驚いたことに火星の環境でも生命を維持できる可能性の高い種類があるそうです。地衣類は少なくとも2種の生物体から構成される複合体(エコシステム)でもあり、「宇宙生物学(Astrobiology, Exobiology)」に適した生物素材として注目されているようです。

南極にも生える環境耐性に優れたアカサビゴケ(Xanthoria elegans)を欧州宇宙機関(ESA)がスペインの高山2000m付近で採取し、国際宇宙ステーションで18か月間火星の環境と類似した宇宙環境(地球低軌道高度)に曝した結果、地衣体を形成する緑藻では71%が、子嚢菌では84%が地球に帰還後にも生存していたとのことです1)

宇宙空間は、真空、強紫外線、強放射線、強温度変化などの極限環境下にあるため、微生物はもちろんその胞子でさえもそれら障害要因を遮るバリアーとしての例えばバイオフィルム等を形成していなければDNAやタンパク質がダメージを受けるとのことです。

欧州宇宙機関が宇宙空間試験に用いたアカサビゴケは橙色ですが、その色素はパリエチンと呼ばれるアントラキノン類で、これまでに紫外線防護機能などが報告されていて、平地より高地に生育している個体でその含有量が高いとのことです。地衣類は一般的に表面の上皮層に紫外線吸収物質などを結晶が生成する程高濃度に蓄積しているため、紫外線や放射線の影響を防護する機能が高い生物であると言えるようです。火星や月における光合成や酸素の生産、有機物の生産などの研究に地衣類が役立つといいな~と思います。
宇宙における生命体の生存や伝搬に関する研究領域(アストロバイオロジー(宇宙生命学))は199710月にNASAアストロバイオロジー研究所の創設を機に始まったと言われているようですが、日本でも26機関が参画した「宇宙に漂う種をキャッチする「たんぽぽ計画」」が国際宇宙センターの日本実験棟「きぼう」で2015年5月から行われており、2016年から2018年までの3回、宇宙空間に曝した補集パネルや暴露パネルを回収する予定になっているようです2)2016年に回収した一号機の補集パネルには0.1mm以上の超高速衝突痕が117個あり、それらの一部の解析結果が報告されていました。


いずれにしても、地衣類の生命力には興味を惹かれます。



参考)

1)Annette Brandt, et al.: Viability of lichen Xanthoria elegans and its symbiotants after 18months of space exposure and simulated Mars conditions on the ISS. Int. J. Astrobiology, 14(3), 4111-425(2015)

2)川岸明彦:生命の起源とパンスペルミア仮設の検証、国際宇宙ステーション暴露部たんぽぽ実験、日本地球化学会年会要旨集(2017年度)