紅麹サプリメントによる健康被害問題からトロポロン類(トロポノイド)のプベルル酸が一躍注目されることになりましたが、尿細管の機能低下をもたらす眞の有害物質探索はまだ続いているようです。
追記:5月28日に厚労省が動物実験でプベルル酸に腎臓尿細管の壊死作用が確認されたと発表しました。アオカビ(Penicillium adametzioides)の汚染により、プベルル酸が生産されたようです。
注目されたトロポノイド研究の先駆者である野副鉄男博士のヒノキチオールに関する研究の発端は、台湾ヒノキ心材の赤色色素であるヒノキチン(ヒノキチオールの鉄錯体)が強い抗菌性を示す事だったようです。
その後、有機合成によって得られた基本骨格のトロポロンにも強い抗菌性が確認されたことから、ヒノキチオールに加え、安価で入手可能なトロポロンそのものの有効利用を図るための安全性試験が日本で行われ学術誌に掲載1,2)されていました。
トロポロンもヒノキチオールと同様に鉄と錯体を形成し、赤色の不溶体として沈殿し、微生物や植物などに鉄欠乏症をもたらすようです。
日本では、ヒノキチオールの抗菌性に着目した医学研究が野副先生や㈱高砂香料の協力のもとに桂重鴻博士によって古くから行われ、その後亜鉛酵素のDNAあるいはRNAポリメラーゼ阻害作用などに着目した研究や、銅酵素の阻害作用に基づくチロシン酸化酵素阻害による美白作用等の利用へと発展しているようですが、実は、トロポロンそのものが全国各地の水田や湖沼に存在していることが1980年代に明らかにされていました3)。
ヒノキチオールは、ヒバやアスナロの心材に含有されていますが、トロポロンは「イネ苗立枯細菌病菌(Burkholderia
plantarii)」が日本全国の水田や湖沼領域で畦畔雑草やイネ科雑草のヌマガヤやチガヤ等に感染し、生産されているとのことです3)。
イネ苗立枯細菌病は、田植機に用いる「箱育苗」の普及に伴い顕在化し、その原因物質がトロポロンであることを解明した論文が1985年に報告4)されていました。
ヌマガヤ |
隣国の中国でも最近、日本同様にトロポロン生産菌が生息していることが分かり、中国全土のトロポロン濃度の推計値が報告5)されているようです。
水田作業の機械化に伴い顕在化したイネ苗立枯細菌病は、多様な細菌が混在する環境では発症しなかったことから、発症の原因物質であるトロポロンの生産制御に関わる常在細菌とのクロストークに関する研究も行われているようです6)。
それによると、イネ苗立枯細菌病菌(Burkholderia plantarii)のトロポロン産生能は同属のB. hereiaによって抑制され、Sphingobium属のS. yanoikuyaeによって促進されるとのことです。
このクロストークに関与する成分も同定されていて、拮抗細菌であるB. hereia はインドール-3-酢酸を分泌してトロポロンの生産を抑制し、ヘルパー細菌であるS.
yanoikuyaeはN-(S)-3-hydroxyoctanoyl-L-homoserinを分泌してトロポロンの生産を促進させるようです。
環境中の常在菌は微妙なバランスを保ちながら、宿主である植物や動物を絶滅させることなく共存していることが良く分かる事例のようです。
トロポロンは非ベンゼン系芳香族化合物ですが、ベンゼン系のフラボノイド等と同様に抗酸化性も示すので、その有効利用研究は続くのだろうと想像しています。
日本は、トロポロンとかなり縁の深い国のようです。
参考)
1)山形 敞一等:トロポロンの毒性に関する実験的研究(第1報)、食衛試、5(4)、294-298(1964)
2)山形 敞一等:トロポロンの毒性に関する実験的研究(第2報)、食衛試、5(4)、299-308(1964)
3)畦上 耕児 : イネ枯細菌病菌とイネ苗立枯細菌病菌、微生物遺伝資源利用マニュアル(26)、農研機構
4)Koji Azegami et al.: Tropolone as a Root
Growth-Inhibitor Produced by a Plant Pathogenic Pseudomonas sp. Causing
Seedling Blight of Rice., Phytopath. Soc. Japan 51, 315-317 (1985)
5)Xiaoyu Liu et al.: Biotoxin Tropolone Contamination
Associated with Nationwide Occurrence of Pathogen Burkholderia plantarii in
Agricultural Environments in China., Environ. Sci. Technol. 52(9), 5105-5114
(2018).
6)橋床 泰之:土壌微生物同士の相性は情報分子のクロストーク(混信)で決まるー水田のBurkholderia属細菌の例からー、土と微生物、73(2), 55-61(2019)
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