10月3日(土)、糸島のホテルから唐津に戻りましたが、土曜日午前は高校の参観日になっているので、その間に私達は唐津市内を見学しました。
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| 唐津市内の見学(10月3日) |
唐津城の入り口から城内橋を渡り唐津神社に向かいました。神社の隣に市民会館があり11月2,3,4日のおくんち(唐津神社秋の例大祭)には14台の曳山が勢揃いするそうです。市民会館の塀に写真が貼ってありました。
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| 唐津城の入り口から城内橋を渡り唐津神社へ |
唐津神社でお参りをした後で「旧大島邸」を見学しました。主であった大島小太郎は唐津銀行の創立や唐津鉄道の敷設、唐津港の整備などを行い唐津の近代化に大きく貢献されたとのことです。
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| 旧大島邸の見学(10月3日) |
旧大島邸から唐津城方面に戻りましたが、その途中に旧唐津銀行がありました。銀行の入り口に立つ辰野金吾の銅像の前で記念写真を撮りました。大島小太郎と共に「耐恒寮(たいこうりょう)」で学んだ辰野金吾は、東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店本館を建築されたことで有名ですが、郷里の岩手銀行赤レンガ館も辰野金吾によるものです。
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| 旧佐賀銀行前の辰野金吾の銅像 |
唐津城の入り口に戻り、階段を登ると藤棚の近くに斎藤茂吉の歌碑がありました。歌碑の周辺から舞鶴橋や虹の松原が見えました。
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| 唐津城に登る階段と斎藤茂吉の歌碑など |
唐津城天守閣の2階は「唐津の歴史フロア」でした。1594年、豊臣秀吉の時代に寺沢広高氏が唐津の領主になり、関ヶ原の戦い後の1608年に唐津城が完成したとのことです。しかし、1637年に島原の乱が勃発し、翌年に江戸に住む広高の息子である堅高が蟄居を命ぜられ、1647年には寺沢家が改易とされ、唐津藩は幕府直轄領になったとのことです。広高は海岸に黒松を植林し、それが100万本の群落になり「虹の松原」が形成されたようで、現在はボランティアが松林を守っているとのことです。
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| 初代寺沢領主から譜代大名への変遷 |
唐津藩が江戸幕府の直轄地であったことを始め知りました。大名が最後は老中等に就任していることから出世コースだったようです。
天守閣の展望台から見える舞鶴橋方面の景色が綺麗でした。
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| 天守閣展望台からの舞鶴橋方面の景色 |
天守閣をぐるりと回って写真を撮りました。
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| 唐津城天守閣展望台からの眺望(10月3日) |
唐津のグルメとしては「呼子のイカ」や「からつバーガー」が有名なそうです。「呼子のイカ」は少し食べることが出来ました。コリコリとして美味しかったです。
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| 呼子のイカ刺し(10月3日) |
唐津は唐津焼や大隈重信の出身地として有名ですが、他はあまり知りませんでした。唐津湾の砂浜や風景が綺麗で、しかも初代領主の寺沢氏の意を汲んで「虹の松原」が大切にされている事を知り感動しました。

















































