2026年10月6日火曜日

令和八年10月初旬の唐津市内散策

 10月3日(土)、糸島のホテルから唐津に戻りましたが、土曜日午前は高校の参観日になっているので、その間に私達は唐津市内を見学しました。

唐津市内の見学(10月3日)

 唐津城の入り口から城内橋を渡り唐津神社に向かいました。神社の隣に市民会館があり11月2,3,4日のおくんち(唐津神社秋の例大祭)には14台の曳山が勢揃いするそうです。市民会館の塀に写真が貼ってありました。

唐津城の入り口から城内橋を渡り唐津神社へ

 唐津神社でお参りをした後で「旧大島邸」を見学しました。主であった大島小太郎は唐津銀行の創立や唐津鉄道の敷設、唐津港の整備などを行い唐津の近代化に大きく貢献されたとのことです。

旧大島邸の見学(10月3日)

 旧大島邸から唐津城方面に戻りましたが、その途中に旧唐津銀行がありました。銀行の入り口に立つ辰野金吾の銅像の前で記念写真を撮りました。大島小太郎と共に「耐恒寮(たいこうりょう)」で学んだ辰野金吾は、東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店本館を建築されたことで有名ですが、郷里の岩手銀行赤レンガ館も辰野金吾によるものです。

旧佐賀銀行前の辰野金吾の銅像

 唐津城の入り口に戻り、階段を登ると藤棚の近くに斎藤茂吉の歌碑がありました。歌碑の周辺から舞鶴橋や虹の松原が見えました。

唐津城に登る階段と斎藤茂吉の歌碑など

 唐津城天守閣の2階は「唐津の歴史フロア」でした。1594年、豊臣秀吉の時代に寺沢広高氏が唐津の領主になり、関ヶ原の戦い後の1608年に唐津城が完成したとのことです。しかし、1637年に島原の乱が勃発し、翌年に江戸に住む広高の息子である堅高が蟄居を命ぜられ、1647年には寺沢家が改易とされ、唐津藩は幕府直轄領になったとのことです。広高は海岸に黒松を植林し、それが100万本の群落になり「虹の松原」が形成されたようで、現在はボランティアが松林を守っているとのことです。

初代寺沢領主から譜代大名への変遷

 唐津藩が江戸幕府の直轄地であったことを始め知りました。大名が最後は老中等に就任していることから出世コースだったようです。

 天守閣の展望台から見える舞鶴橋方面の景色が綺麗でした。

天守閣展望台からの舞鶴橋方面の景色

 天守閣をぐるりと回って写真を撮りました。

唐津城天守閣展望台からの眺望(10月3日)

 唐津のグルメとしては「呼子のイカ」や「からつバーガー」が有名なそうです。「呼子のイカ」は少し食べることが出来ました。コリコリとして美味しかったです。

呼子のイカ刺し(10月3日)

 唐津は唐津焼や大隈重信の出身地として有名ですが、他はあまり知りませんでした。唐津湾の砂浜や風景が綺麗で、しかも初代領主の寺沢氏の意を汲んで「虹の松原」が大切にされている事を知り感動しました。

令和八年10月初旬の唐津湾の風景と平戸市内見学

 10月2日(金)の早朝、虹の松原にあるホテルの窓から唐津城が見えました。唐津湾に浮かぶ島は、大島や高島、姫島と呼ばれているようです。糸島半島も見えます。朝日が昇る東方面の高い山は浮嶽(標高805m)とのことです。

早朝の唐津湾の風景(10月2日)

水平線から次第に青みが増すグラデーションは「唐津ブルー」と呼ばれているようです。

朝の砂浜を散歩しました。

唐津湾の朝の散歩

 砂浜にたくさん穴が開いていました。周りに砂の塊があります。少し離れた場所でスナガニを見つけました。

スナガニとその棲み処

高校生の孫は授業なので、その他5人で日本の西洋貿易の始まりの場所として知られる長崎県平戸市に向かいました。2018年に世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産として登録されているようです。

平戸港とその散歩コース(10月2日)

平戸港の観光交通ターミナルに着くと、海岸越しに平戸城が見えました。

平戸城

交流広場には「じゃがたら娘象」がありました。島原の乱後にキリシタンへの取り締まりが厳しくなり、1639年に蘭英両国人に嫁いで子供を産んだ婦人とその子供がインドネシアのジャワに追放されたそうです。真っ白な衣装で両手を合わせる当時の少女の姿が心に沁みました。

じゃがたら娘像

平戸港から「寺院と協会の見える道」を通って「平戸ザビエル記念協会」に向かいました。

平戸ザビエル記念教会

ザビエル記念協会の館内に入りお祈りをし、教会通り、大ソテツ通りを歩いて鎌倉時代から続く平戸藩主松浦家の資料を保存公開している「松浦史料博物館」へと下りました。道端にランタナの花がたくさん咲いていて、一匹のアオスジアゲハが飛び回っていました。

大ソテツ通りのランタナの花に止まるアオスジアゲハ

博物館内をしばらく見学しました。

松浦史料博物館

博物館を出て平戸港に向かいました。

松浦史料博物館から平戸港へ(10月2日)

2時間程度の短い滞在でしたが印象に残りました。平戸市内には様々な散策コースが設定されているようです。娘夫婦に任せっきりで事前学習が足りませんでしたが、平戸島に大変興味を持ちました。

平戸市から唐津市に戻り、唐津ふるさと会館アルピノの曳山を見学しました。「唐津くんちの曳山行事」はユネスコ無形文化遺産に登録されているそうです。

唐津ふるさと会館アルピノの曳山(10月2日)

2日の夜は糸島のホテルに泊まります。

2026年10月5日月曜日

令和八年10月初旬の太宰府天満宮と九州国際博物館の訪問

 10月1日(木)に九州へ出かけ4日(日)に戻りました。1日から3日まで晴天に恵まれました。

 東京に住んでいる長女の子供が唐津市の学校に入学し、今年4月から高校生になったので、長女家族3人と共に5人で会いに行きました。私達は初めての現地訪問でしたが孫は元気でした。

 羽田空港から福岡空港に向かう途中で富士山が綺麗に見えました。

飛行機から見えた富士山(10月1日)

 福岡空港に12時半頃到着し、太宰府天満宮に向かいました。

太宰府天満宮の境内

若い頃に一度だけ訪れていますが、その頃より観光客が増えているようです。大きなクスノキが印象的でした。太鼓橋を渡り、本殿を目指しました。

太宰府天満宮の大きなクスノキや太鼓橋(10月1日)

本殿の前にはお参りの行列が出来ていました。お参り後に土産を買いました。

天満宮本殿でお参り(10月1日)

その後、天満宮の境内の側に九州国立博物館があったので見学することにしました。平成17年(2,005年)10月に開館したとのことなので、以前天満宮を訪問した際には無かったようです。長いエスカレーターに乗り博物館前に立つと、ガラス張りの大きな建物に青空が映っていました。

天満宮境内から九州国立博物館へ(10月1日)

 一階のエントランスに「飾り山笠」がありました。天神一丁目の令和八年度飾り山笠とのことです。

九州国立博物館エントランスの飾り山笠

 展示館では「さわって体験 本物のひみつ2026」が開催されていました。5年生の孫が本物の刀に触りました。重かったようです。10月31日から特別展「卑弥呼の鏡」が始まるとのことです。

九州国立博物館内の展示物(10月1日)

 博物館から天満宮に戻り、そこから唐津に向かいました。

国立博物館から天満宮へ(10月1日)

 1日(木)には「虹の松原」にあるホテルに宿泊しました。砂浜に小さな波が次々と押し寄せてきます。唐津湾内の島々も見え綺麗な夜景でした。

唐津市「虹の松原」のホテルからの夜景(10月1日)

 唐津については「唐津焼」しか知りませんでした。唐津湾が綺麗で感激しました。

2026年9月28日月曜日

令和八年9月下旬の牛久自然観察の森とつくば市洞峰公園

 9月26日(土)は朝から雨が降っていたので牛久自然観察の森に孫二人を連れて行きました。「木のおもちゃで遊ぼう 木育体験」がお目当てです。

朝9時少し前に自然観察の森に着きました。前日からかなり強い雨が降り続いていたので園内は散策禁止になっていました。孫達が木育体験で遊んでいる間に、自然観察の森の周囲を散歩することにしました。

牛久自然観察の森(9月26日)

自然観察の森の外側を一回りしようとして植物防疫研究所を通り過ぎ、さらに歩いて左側に曲がると、道路が冠水していました。冠水注意の立て札もありました。

牛久自然観察の森の周りの道路(9月26日)

脇道の農道に入り歩いていると、水に覆われた畑がところどころにありました。今年は農家が大変です。台風26号は日本からそれて欲しいです。

水が溜まった畑(9月26日)

27日(日)にはつくば市の洞峰公園に行きました。

つくば市洞峰公園

曇り空でしたが雨は降っていません。たくさんの方がジョギングをされています。

洞峰公園のジョッギングコースと「水と緑の広場」など

孫達は朝9時少し前から12時頃まで、大勢の子供達と一緒に遊具で遊びました。洞峰沼は水が多いようですがあふれてはいません。

洞峰公園の洞峰沼(9月27日)

イチョウ並木のプロムナードでは新郎新婦の写真撮影が行われていました。

洞峰公園プロムナードでの記念撮影(9月27日)

多目的広場でも家族連れが遊んでいます。

洞峰公園多目的広場(9月27日)

一重咲きのマリーゴールドの花の上を数匹のツマグロヒョウモンが飛び回っていました。ヤマトシジミやイチモンジセセリもいましたが、他のタテハやアゲハ蝶はいません。

マリーゴールドの花の蜜を吸うツマグロヒョウモン

シソ科と思われる小さなピンクの花にもツマグロヒョウモンが数匹止まっています。芝生にもいましたので、かなり目立ちました。

野草の花の蜜を吸うツマグロヒョウモン(9月27日)

どちらもオスだけでした。メスも同等いるはずですが見つかりません。AIによると「日中にのんびり長居して蜜を吸っているのは雌が多く、雄はせわしなく飛び回るか、短い旧蜜ですぐに飛び去ってしまう」とのことですが、9時から12時頃までまったく雌を見かけませんでした。食草のスミレ類が近くになかったからでしょうか。

幼虫の食草と言われている庭のパンジーやビオラの花には雌のほうが良く飛んでくるように感じています。

2026年9月26日土曜日

令和八年9月の仙台市訪問と仙台城跡本丸、輪王寺の見学

  9月23日(水)に仙台市へ出かけ、24日夜に牛久に戻りました。

23日の朝8時少し前に牛久の自宅を出て、牛久駅からJR常磐線に乗り、上野駅で東北新幹線に乗り換え仙台駅に着きました。

仙台市は晴天だったので、久し振りに市内を散歩することにしました。青葉通りを西公園まで歩き、西公園内を少し散策してから広瀬川大橋を渡り仙台博物館に着きました。

仙台駅から仙台博物館へ(9月23日)

仙台博物館の裏の坂道を登り、仙台城跡に向かいました。

仙台博物館から仙台城跡へ(9月23日)

坂道には大きな丸い実を着けたウバユリがたくさんあります。少し汗をかきながら本丸北壁の切り立った石垣の下を通り、大きな鳥居をくぐりました。

仙台博物館の裏の坂道を通り仙台城跡本丸へ

 鳥居から本丸詰門跡へと登ると無人の「おみくじ」販売所があったので引いてみました「末吉」でした。

仙台城跡の「伊達みくじ」

 本丸から仙台市内を眺めました。太白山も見えます。良く登りました。

仙台城跡の本丸(9月23日)

 いつもの通り、伊達政宗の騎馬像の写真を撮りました。

伊達 藤次郎 正宗の騎馬像(9月23日)

 金鵄を見た後に仙台城見聞館内を見学し、護国神社、本丸会館などを通って博物館に戻りました。14時少し前でした。ホテルのチェックインは16時にしてあったので、次に北山の「輪王寺」に向かうことにしました。

仙台城跡本丸の金鵄や護国寺など

 国際センター駅から地下鉄に乗り、仙台駅で南北線に乗り換え北仙台駅で降りました。北仙台駅から輪王寺の山門まで歩き本堂に着きましたが、本堂前に車があり結婚式の準備をされているようでしたので、写真は撮れませんでした。

仙台市の輪王寺山門から本堂へ(9月23日)

 牛久市から仙台市に移った2009年の春、輪王寺の前住職「日置道閑」和尚から三重塔の建設など、若い頃のお話を妻と二人で伺ったことがあり、懐かしく思い出しました。具合が悪くてしばらく外に出ることが無かったそうですが、その日は偶然庭に出られたとのことで、係の方が驚いておられました。

仙台市輪王寺の本堂と庭園

 お墓を見学・お参りし、山門を下り北仙台駅に戻りました。24日は朝から夕方まで仕事です。

輪王寺の墓地や三重塔など(9月23日)

 仙台市に2009年3月から2019年3月まで住みましたが、その頃のことを良く思い出します。

 伊達政宗は伊達藤次郎正宗ですが、織田信長は織田三郎信長、徳川家康は徳川次郎三郎家康だったとのことです。