今は、もう何十年も苦いジャガイモに出合ったことはありません。子供の頃、皮が青くなっているのを知らずに食べた茹でジャガイモの苦さに驚いたことを覚えています。苦い味というより、むしろえぐい味で飲み込む時に強い不快感があったように思います。ずーと前のことなので、その感覚は不明瞭ですが、もう一度体験してもいいと思うような味ではありませんでした。
苦味の原因物質はソラニンやチャコニンなどのグリコアルカロイドであると言われているので、どの程度の苦さなのかを知りたいと思い調べてみました。
カナダの研究者が調べた少し古い(1985年)文献1)によると、ソラニンやチャコニンは「カフェイン様の苦味」と「収れん性の痛み感覚(astringent pain sensation)」を示すと記載されています。ソラニンの苦味の強さはカフェインの4倍だったようです。意外にも、苦味や収れん味は名前が良く知られているソラニンよりもチャコニンの方が強くて、チャコニンを4倍に薄めるとソラニンと同等の苦味になるようです。つまり、チャコニンはカフェインの16倍の苦味強度ということになります。
また、チャコニンにチャコニナーゼという酵素が作用して、糖が1分子離脱したβ2-チャコニンが生じると、収れん味はもとのチャコニンより2倍強くなるということなので、β2-チャコニンの収れん味が最も強いことになります。
一方、ソラニンとチャコニンから糖鎖が完全にとれたものはソラニジンと呼ばれていますが、このソラニジンの苦味はソラニンとほぼ同等のようです。しかし、収れん味はなくなるとのことですので興味深いです。収れん味の方が苦味よりも嫌な感覚なので、ソラニンやチャコニンから糖鎖を完全に除く処理が味質の改善に役立つように思いました。糖鎖を離脱させる酵素に興味を持ちました。
ところで食品の味について調べて見ると、甘味や旨味、酸味には甘味度や旨味度、酸味度などのようにそれぞれ味の強さを示す単位があるようです。でも、苦味にはその単位がありません。
かなり古い時代にさかのぼって調べて見ると、1949年にハーバード大学の心理物理学者であるBeebe-Center J.G.Sが甘、塩、酸、苦の四基本味の強さの単位に関する論文を出しています2)。Gust(ガスト)という単位で四基本味の強さをそれぞれ計測して総合点で評価する方式で、当時はそれなりに注目されていたようです。日本でも慶応大学のK. Indow先生が味の素(株)との共同で四基本味の強度をタウ(τ)スケールを用いて測定する方法を報告(Psychophysics, 5(6),347(1969))していますが、このような複数の基本味を共通の単位で示す方法の開発は興味深いのですが、その後途絶えているようです。
Beebe-Centerが「ガスト(gust)」の単位を提案したのは、同じハーバード大学の実験心理学者として著名なEdwin G. Boringが学術本(Sensation and Perception
in the History of Experimental Psychology)を出版(1942年)して間もない時期で、これに掲載された表が下敷きになって「味の舌マップ」がどこかで提案され世界中で認知され始めるなど、食品の味に対する関心がかなり高まっていた時代だったのだろうと想像しています。
その後「味の舌マップ」は分子遺伝学の発展による舌上の味覚受容体の発見とその分布様式の解明などにより否定され3)、四基本味には旨味が追加されて、基本的な味は五種類になるなど味覚や嗅覚に関する科学的な知見は急速に深まっています。しかしながら、これら五つの基本味全部について、その強度を示す単位はまだ定まっていません。
甘味度については、人工甘味料の開発が活発に行われましたので、ショ糖の甘味度を1として比較する方法が世界的に使用されることになり、舌上の甘味受容体も一種類であることから矛盾はほとんど生じていないようですが、26種類の受容体が対応する苦味に共通する単位を決めるのは大変だろうと思います。
辛味も、トウガラシのカプサイシンとワサビのアリルイソチオシアネートでは舌上の受容体が違うため、激辛ブームへの対応としてスコヴィル辛味単位が唐辛子専用として使用されている状況になっているようです。
最近は、味覚センサーが多用されるようになってきていますので、このセンサーが受容する刺激の強さで五つの基本味や総合的な味の強度・単位が表現されることになる可能性もあります。むしろ、こちらが現実的なのかも知れません。
皮が青くなったジャガイモの味が本題ですので、実際に生のままかじってみました。年のせいか苦味はあまり感じません。ただ、舌先がヒリヒリしています。舌の細胞膜にサポニンとしての特性を持つソラニンとチャコニンが侵入したのでしょうか。飲み込むのは遠慮しました。
1)A. Zitnak et al.: Can. Inst. Food Sci. Technol., 18(4), 337(1985)
2)Beebe-Center, J. G. S. et al.: J. Psychology, 28, 411(1949)
3)J. Chandrashekar, et al.: Nature, 444(16),288(2006)
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