地衣類は菌類と藻類が共生関係をむすんでできた複合体とのことで、日本では1600種以上が確認されているそうです。昨年11月ごろから地衣類に興味をもって写真を撮っていますが、種の判別はとても難しいように思いました。でも、古くから化学成分を分類の手がかりとして利用している点がとてもユニークで好感を持ちました。
地衣類の化学成分の簡易検出法であるスポットテストはフィンランド生まれのWilliam
Nylanderによって1866年に開発されたとされています。その後東京大学薬学部教授でノーベル化学賞候補としてノミネートされた経歴を持つ朝比奈博士によって、新たにパラフェニレンジアミンを用いるP-testやアセトン等の揮発性有機溶媒を用いる化学成分抽出と顕微鏡下での結晶観察法が導入され世界的に利用され現在に至っているようです。地衣類の本体は黴や酵母に代表される子のう菌が98%を占め(子のう地衣類)、キノコでおなじみの担子菌が04%ある(担子地衣類)とのことですが、地衣菌は藻類と共生することで藻類が光合成によって生産する糖類を得ることができる訳で、藻類を働き手として囲い込んでいるようにも見えます。もっとも、藻類も地衣菌から水やミネラル、養分の提供を受けることができるので、お互い様ということになります。
地衣類の働き手である藻類にとって、なぜ地衣菌の宿が居心地よいのかについては諸説あるようですが、光合成を行う生物の宿命である光酸化を地衣菌が様々な特殊成分合成を行うことによって緩和しているとする説が分かりやすいように感じています。地衣特有の成分が、日傘やラジカルスカベンジャーになり藻類を守ってあげるという考え方です。もっとも、地衣類に特有な成分の中には地衣菌と藻類がともに関わって合成されるものあるとのことなので、これもまたお互い様のようで、互いに依存性をしっかりと保っているとも言えます。
地衣類が生産する化学成分の中で、これまでに最も注目された物質は朝比奈博士らが精力的に研究された黄色成分のウスニン酸のようです。ウスニン酸は多くの地衣類に含有されているとのことで、身近なキウメノキゴケでも結晶観察が可能なようです。ウスニン酸には抗ウイルス作用や殺菌作用の他に抗炎症作用や鎮痛作用が認められるとのことで、これまでに化粧品や口腔洗浄剤、歯磨き粉などに添加され役立ってきたようです。最近では痩身作用が話題になったようですが、急性肝炎の発症が疑われるなど経口摂取については安全性のさらなる確認が必要のようです1)。
この他リトマス色素原料やオルセイン染料として、ウメノキゴケやナミウメノキゴケに含有されるレカノール酸が良く知られていますが、ウスニン酸と同様に多くの地衣類に含有されているアトラノリン(atranorin)にも抗炎症作用や抗菌作用、抗ウイルス作用があるとされて、その医薬利用等の活性化が期待されているようです2)。
また、古くからオークモス香料としてツノマタゴケがヨーロッパを中心に利用されてきたようですが、ツノマタゴケにはエベルン酸やエベルニンが含有されており、これが分解されて香気成分になるとのことです。香気成分としては、オルシノールモノメチルエーテルなどが報告されていました。
地衣類の成長は極めて遅いようで、ウメノキゴケでは年間3mm~8mm程度とのことです。これは細胞の半減期が長く、細胞の寿命が長いことを意味しているようにも思われます。細胞分裂に関するヘイフリック限界のテロメラーゼや長寿遺伝子サーチュイン(ヒストン脱アセチル化酵素)の話題が頭に浮かびます。菌類と藻類はかなり異なった生物ですので、共生することによって互いに細胞分裂を抑制しあっているのでしょうか。しかも、環境汚染に弱いにも関わらす、寒冷地という過酷な環境で苔類にも勝る生命力を維持できる鍵は何なのだろうと考えてしまいます。
地衣類は不思議です。最近は試験管培養も行われ始めているので、化学物質の生産メカニズムとともに、「石の上にも3年」をはるかに超える生命力が生まれる仕組みを解き明かして欲しいと思っています。
参考)
1)Ingolfsdottir K.: Usnic acid., Phytochemistry, 61(7), 723-736(2002).
2)Studzinska-Sroka E.: Atranorin-An Interesting Lichen Secondary Metabolite., Mini Rev Med Chem., 17(7), 1633-1645(2017)
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