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2019年5月24日金曜日

ヤブガラシの巻きヒゲは相手を選ぶ             -植物の自己認識システムの発見ー

つくばで桜の花を見学した際に草花の写真も撮りましたが、その中で、特に気になったのは、どこにでもある逞しいヤブガラシ(Cayratia japonica)です。 

ヤブガラシを見つけるとなぜか反射的に引っこ抜きたくなるからです。ヤブガラシはビンボウカズラ(貧乏葛)とも呼ばれているそうで、生命力が強いのでほったらかしておくと家の周りがビンボウカズラだらけになってしまうそうです。「雑草が好きです」といいながらも、真逆の反応をしてしまう相手がヤブガラシです。なお、ヤブガラシには2倍体と3倍体があるようで、葉が5葉の鳥足状複葉のみのものは2倍体、5葉に加えて7葉の葉が混在するものが3倍体であると言われているようなので、今回遭遇したヤブガラシは3倍体のようです。
でも最近このヤブガラシが注目されています。ヤブガラシ(藪枯らし)はその名前のとおり、草木に「巻きヒゲ」でとりついて繁茂し、陽ざしを遮ってしまうので、覆われた藪が枯れることからこの名前が付けられたそうですが、この覆うという作業を効率的に行うための自己(他)認識システムが備わっていることが明らかになったようです1)。自分の茎や葉には、巻きヒゲが絡みにくいとのことです。
 動物のみならず植物にも様々な相互作用が存在することが明らかになり、加害された害虫の天敵を誘引する香りを放出する「助けを呼ぶ植物」2)や、隣の植物が害虫に加害された際に放出される香りをキャッチして防御物質のファイトアレキシンを蓄積し始める「立ち聞きをする植物」3)などが有名になっていますが、今度は植物の自己(他)認識システムの発見です。人間のMHCMajor Histocompatibility Complex)のような仕組みにはかなわないにしても、すごいことだと思います。


このヤブガラシの自他認識システムの発見を契機に蔓性植物を研究素材とした植物の自他認識システムに関する研究が活発に行われ始めたようでそのメカニズムの解明を楽しみにしています。

人間が長い間育種して作成したキュウリや、最近注目され始めたニガウリ(ごうや)と野草に近いトケイソウを用いた研究では、自他認識はトケイソウで強く、次いでニガウリでも優位差が認められたものの、キュウリではそのシステムが失われていることが明らかにされています4)

この仕組みが植物に存在することを知らなかったため、長い育種の過程を経たキュウリではその能力が除去されてしまったものと予想されていますが、今後は新たな形質として活用できるようになるのかも知れません。最近では、ハダニに感染した植物の茎葉には巻きひげがからまないことや、サツマイモでは他の品種と混植するよりも自株同士のペアで栽培する方が収穫量が多くなることなども報告され始めています。
 それにしても、ヤブガラシが植物の基本的な能力の解明に貢献するとは思っていませんでしたのでヤブガラシに謝りたい気分です。それでもやっぱり見つけたら引っこ抜くことになると思いますが。

 もっとも、ヤブガラシの若芽はあく抜きをすれば食べることができるそうで、「ウレンボ(烏苺)」と呼ばれて中国では民間薬的に利用され、消炎や解毒作用が期待できるとのことで、昔から活用されていたようです。特に地下に張り巡らされた根茎は有望で、虫刺されの際には患部に生の根の汁をつけると良いとの記述が大学の薬学部における紹介にも記載されていました。

 ただ、有効成分に関する研究がほとんど行われていないようです。最近の報告では長寿遺伝子(サーチュイン)活性化作用を持つとされるレスベラトロールやその二量体、四量体が存在する5)とされていますので、今後は茎葉も注目されるかもしれません。

 どんな植物であっても「あなどれない」ということを身に染みて感じました。

参考)

1)Fukano Y., Yamawo A.*(equal contribution) (2015) Self-discrimination in the tendrils of the vine Cayratia japonica is mediated by physiological connection. Proceedings of the Royal Society B. 282: 20151379.
2)K.Shiojiri, et al.:Herbivore-Specific, Density-Dependent Induction of Plant Volatiles: Honest or “Cry Wolf” Signals?, Plos One, August 17, 2010, 5(8).
)松井健二ら:みどりの香りを介した生物間相互作用、におい・かおり環境学会誌、40(3)1662009
4)M. Sato, et al.:Self-discrimination in vine tendrils of different plant families. Plant signal Behav., 13(4), e1451710, (2018)
5)Boa L. et al.: Chem. Biodivers, Two new resveratrol tetramers isolated from Cayratia Japonica (Thunb.)Gagn. With strong inhibitory activity on fatty acid synthase and antioxidant activity.


2018年7月24日火曜日

大豆の害虫カメムシの臭気成分



豆畑にはカメムシもいました。背中に白い斑点が見えたので、もしかしたら以前に写真を撮ったハート形の斑点を持つエサキモンキツノカメムシかも知れないと期待しましたが、残念ながら中途半端な白い斑点があるのみで、後で調べたところブチヒゲカメムシであることが分りました。

ブチヒゲカメムシの幼虫は、豆科やキク科の葉を食草にしているとのことですので、たぶん豆畑のあちこちにいたものと思われます。ブチヒゲカメムシは大豆の子実を吸汁し、その際に子実に細菌を感染させ「ダイズ子実汚斑病」を引き起こすらしいので、今後見つけたらかわいそうですが退治することにします。

 カメムシは臭いことで有名ですが、最近その臭い物質に関する研究が進んだようです。豆畑にいたブチヒゲカメムシ(Dolycoris baccarum)の幼虫が生産する臭気物質には、殺虫作用を持つ4-オキソ-(E)-2-ヘキサナール(4-OHA)が多く含まれ、次いで忌避作用を持つ(E)-2-オクテナールが多いことが解明されていました1,2。成虫になると幼虫にはない忌避作用の強い(E)-2-ヘキセナール(青葉臭:青葉アルデヒド)の濃度が高くなるとのことで、それぞれの天敵に対抗できるような臭気組成に変わるということです。

なお、殺虫作用は臭気物質を塗布したコオロギをカマキリに食べさせ、また忌避作用はカマキリに臭気物質を吹きかけて、それぞれ判定しています。4-オキソ(E)-2-ヘキセナール(4-OHA)には抗菌作用もあるとのことで、幼虫は臭気物質で細菌に対する防護も行っているもの推定されています。



 カメムシをあやまって潰した際に感じるあの嫌な臭いの主成分が、新茶の爽やかな香りに関与する青葉アルデヒドと同一物質であることに少し違和感を感じます。カメムシの臭いを薄くしたらいい匂いになるのだろうか。でも、チャレンジする気になれません。
 良く見ると、カメムシのアルデヒド類の二重結合は全て炭素の2位に存在し、かつトランス(E)型の配置のみになっていてかなり単純です。一方、緑茶の香気成分にはアルデヒド類の他にアルコール類も存在し、さらに二重結合は炭素の2位のものと3位のもの、立体配置もトランス(E)型だけでなくシス(Z)型も存在するなど相当複雑な組成になっています。その他テルペン類のゲラニオールなどの香りも存在するので、やはり緑茶の匂いのほうが奥深いようです。なお、ブチヒゲカメムシが吸汁する大豆の青臭はn-ヘキサナールで、カメムシ臭とはやや異なるようですが、緑茶の香気成分の一つになっています。


 最近は、虫に加害された植物から生じる青葉アルコールが他の植物に危険を知らせる情報伝達物質として働ていることが明らかになる3)など、この香りの分野もどんどん進化して面白くなってきました。

参考)
1)K.Noge, et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 76(10), 1975(2012)
2)野下浩二:カメムシ臭気成分の科学生態学的研究、日本農薬学会誌
(学会賞)、40(2)152-156(2015)
3)K.Sugimoto, et al.: PNAS, 111(19), 7144(2014)