ウイルスは宿主となる動物の種類や感染する臓器・組織・細胞に対する選択特性(指向性、親和性、選り好み)を持っており、その性質はトロピズムと呼ばれているようです(1)。
トロピズムという言葉を始めて知りましたので、門外漢ながら少し調べて見ました。
新型コロナウイルスは受容体であるACE2とウイルスのスパイクタンパク質の切断に関与するプロテアーゼであるTMPRSS2がともに細胞表面に発現している細胞に感染することから、「受容体依存的トロピズム」と「プロテアーゼ依存的トロピズム」を持っているということになるようです。
新型コロナウイルスのヒトへの感染能の獲得が最近のことであったとすれば、今後、人間の臓器細胞で何代も増殖を重ね、そのトロピズムを変えることによって毒性に変化が生じるのかも知れません。その意味で、ようやく最近になり中国に視察に入ったWHOの調査はかなり重要な意味を持つように思われます。
病原性コロナウイルスの中で、トロピズムが変化した例として有名になっているのは、豚伝染性胃腸炎ウイルス(TGEV)のようです。TGEVに子牛が感染すると重篤になることから、既にワクチンが開発されているのですが、別の病気である豚呼吸器コロナウイルス(PRCV)に感染した豚は、TGEVに感染しないとのことです。胃腸炎を起こすTGEVと呼吸器疾患を起こすPRCVには交差性免疫が成立していることになります。
TGEVとPRCVについての詳細な解析を行ったところ(2)、PRCVはTGEVのスパイクタンパク質遺伝子の一部分が欠失した株であることが分かったようです。
宿主の受容体に結合するスパイクタンパク質の遺伝子の部分的な欠失によって、リンパ組織に感染し腸管に炎症を生じさせる特性を持ったコロナウイルスが、肺に弱い疾患を生じさせる程度の弱毒性ウイルスに変化したという訳です。
こうしたトロピズム変化については、人の病原性ウイルスでも多くの報告が出されていますが、中でも強力な伝染力を持つ麻疹ウイルス(リンパ組織細胞に感染)やポリオウイルス(運動神経組織細胞に感染)に関する研究が良く知られているようです。
麻疹ウイルスの場合は、本来リンパ組織に感染するトロピズムを持っていた野生株が、培養細胞で何度も継代すると、様々なヒト臓器細胞表面に発現しているCD46も受容体として利用できる株に変異し、弱毒化するとのことです。
その変異は、宿主の受容体に結合するHタンパク質(赤血球凝集素:ヘマグルチニン)のたった一つのアミノ酸が変わることで生じるとのことなので、驚きです。
具体的には、アスパラギン(Asn)のコドン(AAU, AAC)の最初にあるアデニン(A)がチロシン(Tyr)のコドン(UAU, UAC)のウラシル(U)に一つ変わっただけでトロピズムが変化したことになります。
この弱毒化麻疹ウイルスは生ワクチン株として活用されているようです。
なお、絶滅宣言で最も有名になった天然痘の生ワクチンの一つであるLC16m8株の場合は、ウサギの腎臓細胞で合計45回も継代培養して製造しているということですが、これも始めて知りました。
但し、ワクチン開発の先駆者の一人であるパスツールは、その当時炭疽病菌を100回植え継いでも弱毒株を得ることが出来なかったとのことなので、そんなに単純ではなく、病原菌やウイルスによって結果が異なっているのでしょう。
インフルエンザについては、継代培養株を使用している国もあるようですが、日本ではまだ不活化ワクチンを使用しています。でも最近、変異が生じない培養細胞株が開発されたとのことで(4)、インフルエンザについても日本発の培養細胞ワクチンの製造が期待されているようです。
トロピズムを調べて見て、新型コロナウイルスについても今後たくさんの新たな知見が見出され、やがて克服できるとの期待が高まりました。
平成24年から28年まで「ウイルス感染現象における宿主細胞コンピテンシーの分子基盤(感染コンピテンシー)」プロジェクトも見通し良く実施されたようなので勉強してみたいと思っています。
参考)
1)竹田 誠:プロテアーゼ依存性ウイルス病原性発現機構とTMPRESS2 ウイルス、69(1)、61-77(2019)
2)R. Magtoto, et
al.: Evaluation of Serologic Cross-Reactivity between Transmissible Gastroenteritis Coronavirus and Porcine Respiratory Coronavirus Using Commercial Blocking Enzyme-Linked Immunosorbent
Assay Kits., ASM J. 4(1), 1-19(2019)
3)Takeda M. et
al.: A human lung carcinoma cell line supports efficient measles virus growth
and syncytium formation via a SLAM and CD46-independent mechanism., J. Virol.
81, 12091-12096(2007)
4)K. Takeda, et
al.: A humanized MDCK cell line for the efficient isolation and propagation of
human influenza viruses., Nature Microbiology, 4, 1268-1273(2019)
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