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2022年2月18日金曜日

新型コロナウイルスと老化研究のつながり

    2月中旬を迎え、猛威を振るったオミクロン株への感染がピークを越えたと報じられるようになりました。

でも、感染力が強く小学校、幼稚園・保育園等の児童にも感染が広がったことから、同居する高齢者や基礎疾患を持つ方々への家庭内感染が懸念されているようです。

高齢者施設等では部外者の入室禁止を始め、職員の抗原検査の徹底等を図ることで感染予防が可能になりますが、小さな子供が感染した家庭における在宅感染予防はかなり難しいものと思われます。

オミクロン株への感染による年代別死亡率に関するデータは見つけられませんでしたが、デルタ株感染による年代別死亡率のデータを見ると、ワクチン未接種者では7079才が3.79%で、年齢が増すごとに急激に増加していることが良く分かります。

もちろん、この死亡率はワクチン接種によりかなり軽減されるようですが、でもやはり、高齢者の致死率が高いことには変わりがありません。

最近この老化(aging)に関する研究者として著名なハーバード大学のシンクレア博士のグループが、新型コロナウイルスへの感染と重篤化の予防にNAD(ニコチンアデニンヌクレオチド)が有効である可能性が高いと言う報告を出しているようです1)

NADは寿命遺伝子として有名になったサーチュイン(Sirtuin)の活性化やその誘導、あるいは染色体のテロメアの長さの維持等に関与しますが、抗ウイルス作用や抗炎症作用も併せ持つとのことです。

その詳しいメカニズムは複雑なようですが、身体を若く維持する生活を心がけることが新型コロナウイルスを始めとする病原性ウイルスへの抵抗力を高める方法でもあるようですので、大変興味を持ちました。

NADの前駆体となるNMN(ニコチンモノヌクレオチド)やNR(ニコチンリボシド)の投与によるCOVID-19予防や症状軽減に関する多くのヒト試験の計画や実施事例が彼らの論文に取りまとめられていました。

ヒト試験に用いられているNMNNRは、ビタミンB群に属する「ナイアシン」から体内で合成されますので、食事由来のナイアシンも有効なようです。

生体内でのナイアシンからのNAD+生成経路の概要

日本では既に栄養機能食品としてナイアシンを含有する食品が市販されており、栄養機能食品のナイアシンの1日の接種目安量は3.9mg60mgに設定されていますので安全に摂取することが可能です。また肉類やキノコ、玄米などの食品そのものにも多く含有されています。

一方、生体のNADを消費減少させる酵素(CD38:NADase)の阻害剤として知られているフラボノイドのルテオリンも血中の炎症惹起因子であるTNFIL6等を低減させる2)とのことなので、ルテオリンを含有するピーマン、パプリカ、シシトウなどカプシカム属の果実や葉等も注目されます。

この他、緑茶のEGCGや紅茶のテアフラビン等のポリフェノール類についても、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のレセプター結合部位(RBD)への結合等による感染抑制の可能性等3~5)、多くの研究報告が行われているので今後勉強してみたいと思いました。

 

参考)

1)Minyan Zheng et al.: NAD+ in COVID-19 Viral Infections., Trends in Immunologyhttps://doi.org/10.1016/j.it.2022.02.001h

2)I. Tsilioni et al. : Children with autisum spectrum disorders, who improved with luteolin-containing dietary formulation, show reduced serum levels of TNF and IL-6., Transl Phychiatry 5, e647(2015)

3)山田 嘉重ら:カテキンによるSARS-CoV-2スパイクタンパク質とACE2受容体との結合抑制効果に対する基礎的検討, 日歯保存誌, 64(3), 237-247(2021)

4)Eriko Ohgitani et al.: Significant Inactivation of SARS-CoV-2 In Vitro by a Green Tea Catechin, a Catechin-Derivative, and Black Tea Galloylated Theaflavins. Molecules, 2021, 26, 3572.

5)Jinbiao Liu et al.: Epigallocatechin gallate from green tea effectivery blocks infection of SARS-CoV-2 and new variants by inhibiting spike binding to ACE2 receptor., Cell & Bioscience, 2021, 11, 168.

2021年12月1日水曜日

ブレークスルー感染の状況とオミクロン株予防に向けて(Herd prophylaxis)

    日本の新型コロナウイルス新規感染者数は順調に減少したまま推移していますが、世界的にはワクチンを2回接種した方も感染するブレークスルー感染が注目されるようになりました。

1214日からワクチン接種を開始した米国では、各州でブレークスルー感染の状況が報告され始めたようです。

オレゴン州のデータ1)によると20211010日から1120日までの感染者42,864人のうちの12,466人、すなわち29.1%がブレークスルー感染であったと報告されていました。

ワシントン州のデータ2)でも、ほぼ同様の傾向が得られているようです。

1227日からワクチン接種を開始したヨーロッパでは、10月に入ってから感染者数が増加しはじめ、オーストリアでは1122日から都市封鎖措置を行っているようです。

オーストリアに加え、ドイツやイタリアでも新規感染者が増え始めており、WHOのデータを見るとワクチン接種から約9ヵ月を経て、感染者(陽性者)が増加し始めていることが分かります。

日本は、217日にワクチン接種を開始しましたので、EUより2カ月半ほど遅く、もしヨーロッパでの感染増がブレークスルー感染によるものだとすると12月頃から感染増加が始まる状況に置かれていることになります。

でも、昨日(1130日)までは増加傾向が見られませんでしたので、日本では、マスクなどの感染予防行動が、功を奏しているいるのかも知れないと思いたくなります。

日本のワクチン接種率(2回済)は77%とされていますが、マスクの予防効果が85%とされていますので、全員がマスクをしている集団での予防効果は、ワクチン77 + マスク(100-77)0.85 92.6%)になり、集団免疫(Herd Immunity)の理論からすれば、かなり基本再生産数(R0)が高い変異株でも集団としての予防が可能になっているようにも見えます。

このようなワクチン+他の予防行動を合わせた集団感染予防行動(herd prophylaxis?)値は既に計算されているものと思われますが、話題になっていないように思います。

 でも本当は、マスクをしなくてもいい状況になって欲しいです。

 日本では、ナミビアの外交官がオミクロン株に感染していることが報道され話題になっていますが、いずれにしてもブースター接種を早める必要があるように思います。

 オミクロン株の変異箇所は32箇所とのことですが、レセプター結合ドメインの中でも、ACE2との結合に関わるレセプター結合モチーフ(RBM:アミノ酸番号437~508)にたくさんの変異が生じているようです3)



 オミクロン株はデルタ株より感染力が強いとすると、各国で対策を講じているものの、間もなくデルタ株のように世界中に分布する可能性が高いように感じます。

 感染力が強くても増殖力が弱く、人間慣れした「毒性の極めて弱い株」であることを願っています。

 

参考)

1)Oregon Health Authority:COVID-19 Breakthrough ReportNov.24, 2021

2)Washington State Department of HealthSARS-CoV-2 Vaccine Breakthrough Surveillance and Case Information Resource., Nov. 24, 2021

3)国立感染症研究所:SARS-CoV-2の変異株B1.1.529系統(オミクロン株)について(第2報)1128


2021年7月22日木曜日

病原性ウイルスによる常在ウイルスの活性化に伴う疲労感の発生

   昨日7月21日に2回目のワクチン(ファイザー製)を接種しました。

今日22日現在、1回目同様に肩の痛みもほとんどなく体調も異常ありません。医療関係を始めとする関係者の皆さんの頑張りには、本当にありがたいと思いました。感謝です。

12歳までの安全性試験を終えたワクチンもあるようなので、若年でも重症化リスクの高い方は安心して打てる環境になったようです。

 病原菌は今でも当然恐ろしい訳ですが、今回は病原性ウイルスの怖さが身に沁みました。

 このパンデミックを通じて、PCRを始めとするウイルス検出技術の向上と目覚ましい普及によって、常在ウイルスも含めウイルスに関する知見を蓄積する環境が整ったように感じます。

 これまで腸内細菌の細菌叢が肥満を始めいわゆる健康に大きな影響を与えることが次々に明らかになっていますが、これからはこれに加えてウイルス叢(ヴィローム)が注目されることになるようです1


  人間の体内には、様々なウイルスが共存しているようですが、時にはその常在性のウイルスが病原性ウイルスの感染に伴い活性化され、悪影響をもたらす可能性があるとのことです2)

 興味深い事象としては、例えば新型コロナウイルスへの感染に伴い副反応としての疲労感が増大する方が相当数おられるとのことですが、もしかしたら、この疲労感は脳内に常在するウイルスであるアネロウイルスの活性化によってもたらされるのではないかとする論文3)がありました。ワクチンでも倦怠感が生じるとのことなので、免疫系を通じた相互作用なのかもしれませんが、興味深いです。

 ヒトの組織レベルでのウイルスの分布に関する論文4)も出始めていますので、唾液や血液のヴィロームを測定することで、体調や疾病の予測・予防が可能になるといいなと思っています。

参考)

1)Guanxiang Liang et al.: The human virome: assembly,  composition and host interactions., Nature reviews microbiology, 19, 514-527(2021)

2)Marc Lecuit et al. : The human virome: new tool and concepts., Trend in Microbiology, 21(10), 510-515(2013)

3)Bjorn Grinde: Viruses bileonging to Anelloviridae or Circoviridae as a possible cause of chronic fatigue., J. Transl. Medicine, 18, 485(2020)

4)Ryuichi Kumata et al.: A tissue level atlas of the healthy human virome., BMJ Biology, 18:55(2020)

2021年2月21日日曜日

水鳥から人へとうつるインフルエンザA型の謎を解くシアル酸レセプター変異

   昨年の12月末から始まった新型コロナウイルスの感染者数が、ようやく世界全体で減少し始めたようです(1)。

WHOによる世界のCOVID-19感染者数の推移

世界的な活動自粛が功を奏しているものと思いますが、やはり1月8日から接種が始まったワクチンの効果に期待したいと思っています。

 日本でも17日から医療従事者を対象としたワクチン接種が始まり、初日は8施設で125人がワクチン接種を受けたとのことです。ワクチンの確保が世界的な競争状態になっているようなので心配ですが、生産体制を整備し、予定を上回るスピードで接種を進めて欲しいと願っています。

コロナ禍の中で、これまではコロナウイルスのことばかりが気になっていましたが、実は良く聞き慣れていたインフルエンザについても殆ど知識が無いので、少し調べてみました。

インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型があり、どれもあまり歓迎できないのですが、中でもA型はたびたびパンデミックを引き起こし恐れられているようです。

インフルエンザA型ウイルスの起源は水鳥(水禽)で、その中でも渡り鳥の鴨やガンがA型の流行の原因になっているようです。このA型ウイルスは鳥の腸や気管の細胞膜に発現している多糖の末端のシアル酸-α2,3-ガラクトース(SA-α2,3Gal)を受容体として認識して感染することが明らかになってるようです(2)。

人間の場合は、ウイルスの感染部位である気管上皮細胞の細胞膜に結合している多糖の末端にはシアル酸-α2,6-ガラクトース(SA-α2,3Gal)が多いので、鳥インフルエンザA型ウイルスは本来感染しにくいようですが、家畜として飼育している豚の気管には鳥の受容体のSA-α2,3Galとヒトの受容体のSA-α2,6Galが共に発現しているため、豚が中間宿主となり鳥と人の仲立ちをし、豚体内でヒト型のインフルエンザA型ウイルスが生じてしまうとのことです。

トリインフルエンザA型ウイルスからヒトインフルエンザA型ウイルスへの変異は、1918年のスペイン風邪のケースでは、ウイルスのヘマグルチニン(HA)タンパク質のアミノ酸2個が豚を経由して変化し、ヒトの受容体SA-α2,6Galに結合できるタイプになっていたということが分かっているようです(3)。

インフルエンザA型ウイルスによるパンデミックは、スペイン風邪の他にもアジア風邪や香港風邪、2009年の新型インフルエンザ等があるようですが、アジア風邪、香港風邪についてもヘマグルチニンタンパク質のアミノ酸変異が解明されていました。

また、まだヒト型のインフルエンザA型ウイルスに変異する前のウイルスによる感染事例もたくさん確認されているようです。

実は、人間の細気管支や肺胞の細胞には鳥型受容体のSA-α2,3Galも発現しているので、ヒト型に変異する前のトリインフルエンザA型ウイルスであっても濃厚接触によって感染が成立することがあるとのことです。

 これらがやがてシアル酸α2,6ガラクトースに結合するタイプ(ヒト型)に変異し、ヒトーヒト感染が成立しないことを願っています。

日本を始め、世界各国でインフルエンザに関する研究が活発に行われていますので、インフルエンザによる被害が次第に低減されていくものと期待しています(4)。


参考)

1)httpps://covid19.who.int

2)S.V.Kuchipudi et al.: Sialic Acid Receptores: The Key to Solving Enigma of Zoonotic Virus Spillover., Viruses, 13, 262(2021)

3)J. Stevens, et al.: Glycan Microarray Analysis of the Hemagglutinins from Modern and Pandemic Influenza Viruses Reveals Different Receptor Specificities., J. Mol. Biol., 356, 1143-1155(2006)

4)高橋 忠伸:ウイルス感染における糖鎖の機能解明、薬学雑誌、134(8), 889-899(2014)

 

 

2021年2月13日土曜日

新型コロナウイルスのイギリス変異株、南アフリカ変異株など

  昨日12日、ファイザー製のワクチンが日本に届いたとのニュースが流れました。日本でも医療従事者から順次ワクチン接種が開始される見込みのようです。

 欧米でも、日本でも、最近は新規感染者数が減少しているようなので、このまま終息し、競技大会組織委員会の森会長の昨日の辞任でドタバタしているオリンピック・パラリンピックも無事開催できることを期待しています。

 でも、少し不安に感じるのは変異株の動向です。ウイルスの変異について少し調べてみました。

新型コロナウイルスの変異速度は、インフルエンザの1/2HIV1/4程度で、一カ月にRNA鎖の塩基2個が変異する程度とのことです(Emma Hodcroft)が、それでもやはりかなり速いとのことです。

複製されるタンパク質別に変異の速さを計算した結果では、スパイクタンパク質とRNAポリメラーゼ(NSP12)の変異が最も速い(1)とのことで、重要な役割を担っているスパイクタンパク質の変異が注目を集めているようです。

ウイルスの変異は、最初に発見された武漢株と比較し判定するようですが、そのスパイクタンパク質は1,273個のアミノ酸が繋がっているとのことです。

その1,273個のアミノ酸の繋がりの中には、N末端ドメイン(NTD)やリセプター結合ドメイン(RBD)のようにアミノ酸がそれぞれ291個、222個集まった立体的な機能単位や、7個のアミノ酸が繰り返し結合することによって形成されるコイル状の構造を持つ集合体(Heptad Repeat)が2か所(HR1HR2)あり、これら大きな塊がコロナと呼ばれる突起物の基本骨格を形成しているようです。

さらに18個のアミノ酸からなる宿主細胞膜との融合ペプチド(Fusion peptideFP))や24個のアミノ酸からなるウイルスエンベロープ貫通部位(TM)などや、宿主のレセプターであるACE2の基質結合サイトに結合する最も重要な部位(レセプター結合モチーフ(RBM))なども明らかになっているようです(2)。

スパイクタンパク質の役割は、宿主細胞とウイルスを融合させ、ウイルスのRNAを宿主細胞に注入することですが、その過程でスパイクタンパク質は宿主のプロテアーゼによってS1S22分割されるとのことです。

 スパイクタンパク質は宿主側のリセプターに結合した後、宿主の細胞膜とドッキング(FP部位)し、不要になったリセプターとの結合に関与する部分(S1)を切り離し、残りの部分(S2HR1HR2)を折り曲げて収縮させ宿主細胞にウイルス本体を結合させるようです。

 かなり巧妙な仕組みのように思えますが、でも新型コロナウイルスのようなRNAウイルスは、変異により絶え間なくゲノムやタンパク質を変化させ形質を変える欠点あるいは利点を持っているため、感染力やその毒性(宿主細胞内での増殖力)が変わってしまうようです。

 新型コロナウイルスで、現在話題になっている変異株は、イギリス変異株と南アフリカ変異株、ブラジル変異株の三種類です。

 これら3種の変異株についてはスパイクタンパク質のどの部位が変異しているのかが明確になっていて、既に研究用ツールが市販されるまでになっているようです。




公表されているデータを見ると、変異の部位や数に違いが認められますが、米国のCDCもデータを公表していましたので、それを基にして比較して見ました。

その結果、3株とも話題になっているD614G変異614番目のアミノ酸がアスパラギン酸からグリシンに変化)を含んでいるようです。さらに、南アフリカ変異株と日本/ブラジル変異株には基質結合モチーフ(RBM)にE484K変異があることから、抗体からのエスケープ率が高くなると予想されており(3、4)、注意が必要です。(3月5日追加)

 この他、スパイクタンパク質には糖が結合したアミノ酸がたくさんあるとのことで、糖化部位に関する研究も盛んに行われているようです(5)

 糖の離脱や付加が感染性や毒性に影響を与えるとのことなので、これら糖化情報もかなり重要になっているようです。

 新型コロナウイルスには、スパイクタンパク質の他にもヌクレオカプシドタンパク質等の構造タンパク質やプロテアーゼ等の酵素タンパク質などが存在し、それらの機能や変異等に関する研究も行われているようです。

 膨大な研究報告のほんの一部を見ただけですが、新型コロナが続く間は外出自粛なので、時々論文にアクセスしたいと思っています。

参考)

1)S. Vilar et al.: One Year SARS-CoV-2: How Much Has the Virus Chenged?, BioRxiv.(doi.org/10.1101/2020.12.16.423071)

2)S. Bangaru et al.: Structural analysis of full-length SARS-CoV-2 spike protein from an advanced vaccine candidate., Science, 370, 1089-1094(2020)

3) A. J. Greaney et al.: Complete Mapping of Mutations to the SARS-CoV-2 Spike Receptor-Binding Domain that Escape Antibody Recognition., Cell Host & Microbe 29, 44-57 (2021)

4)E. Andreano et al.: SARS-CoV-2 escape in vitro from a highly neutralizing COVID-19 convalescent plasm., bioRxiv, doi.org/10.1101/2020.12.28.424451.

5)Y. Watanabe et al.: Site-specific glycan analysis of the SARS-CoV-2 spike., Science, 369, 330-333(2020)

 

2021年2月3日水曜日

新型コロナウイルスの強毒化・弱毒化とトロピズム

 ウイルスは宿主となる動物の種類や感染する臓器・組織・細胞に対する選択特性(指向性、親和性、選り好み)を持っており、その性質はトロピズムと呼ばれているようです(1)。

トロピズムという言葉を始めて知りましたので、門外漢ながら少し調べて見ました。

新型コロナウイルスは受容体であるACE2とウイルスのスパイクタンパク質の切断に関与するプロテアーゼであるTMPRSS2がともに細胞表面に発現している細胞に感染することから、「受容体依存的トロピズム」と「プロテアーゼ依存的トロピズム」を持っているということになるようです。

新型コロナウイルスのヒトへの感染能の獲得が最近のことであったとすれば、今後、人間の臓器細胞で何代も増殖を重ね、そのトロピズムを変えることによって毒性に変化が生じるのかも知れません。その意味で、ようやく最近になり中国に視察に入ったWHOの調査はかなり重要な意味を持つように思われます。

病原性コロナウイルスの中で、トロピズムが変化した例として有名になっているのは、豚伝染性胃腸炎ウイルス(TGEV)のようです。TGEVに子牛が感染すると重篤になることから、既にワクチンが開発されているのですが、別の病気である豚呼吸器コロナウイルス(PRCV)に感染した豚は、TGEVに感染しないとのことです。胃腸炎を起こすTGEVと呼吸器疾患を起こすPRCVには交差性免疫が成立していることになります。


TGEVPRCVについての詳細な解析を行ったところ(2)、PRCVTGEVのスパイクタンパク質遺伝子の一部分が欠失した株であることが分かったようです。

宿主の受容体に結合するスパイクタンパク質の遺伝子の部分的な欠失によって、リンパ組織に感染し腸管に炎症を生じさせる特性を持ったコロナウイルスが、肺に弱い疾患を生じさせる程度の弱毒性ウイルスに変化したという訳です。

 こうしたトロピズム変化については、人の病原性ウイルスでも多くの報告が出されていますが、中でも強力な伝染力を持つ麻疹ウイルス(リンパ組織細胞に感染)やポリオウイルス(運動神経組織細胞に感染)に関する研究が良く知られているようです。

 麻疹ウイルスの場合は、本来リンパ組織に感染するトロピズムを持っていた野生株が、培養細胞で何度も継代すると、様々なヒト臓器細胞表面に発現しているCD46も受容体として利用できる株に変異し、弱毒化するとのことです。


その変異は、宿主の受容体に結合するHタンパク質(赤血球凝集素:ヘマグルチニン)のたった一つのアミノ酸が変わることで生じるとのことなので、驚きです。

具体的には、アスパラギン(Asn)のコドン(AAU, AAC)の最初にあるアデニン(A)がチロシン(Tyr)のコドン(UAU, UAC)のウラシル(U)に一つ変わっただけでトロピズムが変化したことになります。

 この弱毒化麻疹ウイルスは生ワクチン株として活用されているようです。

 なお、絶滅宣言で最も有名になった天然痘の生ワクチンの一つであるLC16m8株の場合は、ウサギの腎臓細胞で合計45回も継代培養して製造しているということですが、これも始めて知りました。


 但し、ワクチン開発の先駆者の一人であるパスツールは、その当時炭疽病菌を100回植え継いでも弱毒株を得ることが出来なかったとのことなので、そんなに単純ではなく、病原菌やウイルスによって結果が異なっているのでしょう。

 インフルエンザについては、継代培養株を使用している国もあるようですが、日本ではまだ不活化ワクチンを使用しています。でも最近、変異が生じない培養細胞株が開発されたとのことで(4)、インフルエンザについても日本発の培養細胞ワクチンの製造が期待されているようです。

 トロピズムを調べて見て、新型コロナウイルスについても今後たくさんの新たな知見が見出され、やがて克服できるとの期待が高まりました。

 平成24年から28年まで「ウイルス感染現象における宿主細胞コンピテンシーの分子基盤(感染コンピテンシー)」プロジェクトも見通し良く実施されたようなので勉強してみたいと思っています。

 

参考)

1)竹田 誠:プロテアーゼ依存性ウイルス病原性発現機構とTMPRESS2 ウイルス、69(1)61-77(2019)

2)R. Magtoto, et al.: Evaluation of Serologic Cross-Reactivity between Transmissible Gastroenteritis Coronavirus and Porcine Respiratory Coronavirus Using Commercial Blocking Enzyme-Linked Immunosorbent Assay Kits., ASM J. 4(1), 1-19(2019)

3)Takeda M. et al.: A human lung carcinoma cell line supports efficient measles virus growth and syncytium formation via a SLAM and CD46-independent mechanism., J. Virol. 81, 12091-12096(2007)

4)K. Takeda, et al.: A humanized MDCK cell line for the efficient isolation and propagation of human influenza viruses., Nature Microbiology, 4, 1268-1273(2019)

2021年1月29日金曜日

スペイン風邪から新型コロナウイルスまでの動向

   新型コロナウイルスへの感染者が127日に1億人を超えたと報道されました。世界の人口78億人の約1.3%に相当します。人口当たりの陽性率を国別に見ると、米国では約8%、チェコが9%、スペインが6%、イギリスが5.5%程度のようです。

18日には世界初の新型コロナウイルス用ワクチンの接種がイギリスで実施されました。その後、感染の激しい欧米諸国が次々にワクチン接種を始め、中でも、効率的に実施しているイスラエルではワクチンの接種に伴う感染者の減少が認められたと、最近報じられました。これを機に新型コロナウイルスへの感染が収束に向かうものと期待されています。

ワクチンの接種に伴い生じる新型コロナウイルスに対する抗体の持続期間がまだ不明のようですが、インフルエンザワクチンのように持続期間が5カ月程度だとすると、全世界が協力して集中的・計画的にワクチン接種を実施する必要があるように思います。

 新型コロナウイルス感染は通年性のようなので、流行期間が冬季に集中するインフルエンザより、かなり手強い相手ということになり、ワクチン接種遅延国がある状況では国際交流に支障が生じることになります。

 新型コロナウイルスのことがまだ良く分からないので、風邪の症状を引き起こすウイルスについて、門外漢ながら、最近の歴史等を少し調べることにしました。

当時の世界人口(18億~20億人)の25-30%(WHO)が罹患したとされるスペイン風邪は1918年から3年間続いたことは良く知られています。そして、その原因となったウイルスは15年後の1933年に発見され、現在はインフルエンザA型と呼ばれていることも周知の事実です。その後、通常の風邪症状をもたらすコロナウイルスは1966年に米国で発見され1)HCoV-229Eと命名され、翌年にはHCoV-OC43も発見されたようです。そして2002年にサーズ、2012年にマーズが発生しコロナウイルスへの関心が各段に高まりましたが、コロナウイルスに対する研究はインフルエンザに比べて遅れていたように思われます。サーズやマーズに対するワクチンが開発される前に新型コロナウイルスが発生してしまったということになります。


残念なことに細菌に対する抗生物質のような切れ味の良い医薬品は、ウイルスに対してはまだ開発されていないようです。そのため、ワクチンに対する期待が一層強くなり、初めての遺伝子ワクチンがワープスピードで実用化(許可)されました。この分野は、将来的には人工抗体をも含む新たな抗体医薬開発へと進むのではないかと予測されます。

実は、HCoV-OC43は今でこそ軽い風邪を引き起こすコロナ風邪の一つであると認識されていますが、スペイン風邪の前、1889年から1891年にかけて世界的な風邪の流行をもたらしたウイルス(日本ではお染風邪)だとする論文が数件報告され始めているようです21889年当時は、HCoV-OC43への感染は現在の新型コロナウイルスのように4%3%程度の致死率であり3、さらに神経系に障害をもたらす風邪として恐れられたようです。

新型コロナウイルスはHCoV-OC43と同じβ-コロナウイルスに属しているので、今後はできるだけ早くHCoV-OC43のように軽い風邪を引き起こすウイルスへと変異することを期待してしまいます。イギリスの変異株VOC-202012/01は感染率も致死率も高くなったとされていますが、今後どうなるのでしょうか。 

参考)

1)Dorothy Hamre et al.: A New virus isolated from the human respiratory tract., Proc. Soc. Exptl. Biol. Med., 121, 190-193 (1966)

2)Leen Vijgen et al.: Complete Genomic Sequence of Human Coronavirus OC43: Molecular Clock Analysis Suggests a Relatively Recent Zoonotic Coronavirus Transmission Event., J. Virol. 95(3), 1595-1604 (2005)

3)Charles Savona-Ventura: Past Influenza Pandemics and their Effect in Malta., Malta Medical J., 17(3), 16-19(2005)

2020年11月28日土曜日

ワクチンのアジュバントとその可能性に注目

   北半球が冬を迎える候となり、新型コロナウイルスへの感染が再び急激に拡大し、米国では全国民の4%1,300万人)が検査陽性者になり、スペインとフランスではそれぞれ3.5%、3.4%に達しています。日本国民の検査陽性者率は幸いにもまだ0.1%程度ですが、それでも昨日(1127日)は1日に2,529人増加する事態になっており、病床不足が懸念されることもあり再び不要不急の外出自粛が求められるようなりました。

新型コロナウイルス感染を終息させるため、ワクチンの早急な開発・提供が望まれていますが、ファイザー(m-RNA)やモデルナ(m-RNA)、アストラゼネカ(ウイルスベクター)のワクチンが年度内に供給可能になりつつあるとのことで、世界的に期待が高まっています。

 m-RNAをワクチンとして使用するのは今回が初めてとのことで、このパンデミックによる伝染病対策関連技術や科学の進展は、今後の危機管理に大きく貢献することになると感じています。

 これまでワクチンについて全く無知のまま過ごしてきましたが、これを機会にワクチンに対する理解を深める目的で、特に馴染みのなかったアジュバントについて調べて見ました。

現在日本で使用するワクチンに添加されているアジュバントのほとんどはアルミニウム塩(アラム)のようです。但し、毎年新規に設計製造される最新のインフルエンザワクチンにはスクアレンのエマルジョンがアジュバントとして利用されているとのことです。



アラムアジュバントは1920年代から使用されていたとのことですが、その作用メカニズムは、自然免疫(2011年のノーベル医学生理学賞)の発見とその仕組みの解明により、2,000年代に入ってから明らかになったとのことです1)

その作用メカニズムの一例として、アラムの接種部位への好中球の集積、アラムの毒性による好中球の細胞死とそれに伴うDNAの放出、そして放出されたDNAによる自然免疫系の活性化という流れが明らかになったとのことです2)

生ワクチンにはアジュバントの添加は不要とのことですが、これは生ワクチンの病原菌が宿主(ヒトなど)細胞にダメージを与え、自然免疫系の受容体のリガンドとなるダメージ関連分子(Damage-associated molecular patterns: DAMPs(細胞壁糖脂質やタンパク質、RNADNAなど))を放出させ、それらが言わばアジュバントになることによるようです。

私達の皮膚や臓器(大腸など)に存在する常在菌は、組織・細胞にダメージを与えることは殆ど無いので、アジュバントの生成に関わることなく共存しているということでしょうか。多少は関わる種類もあるのかな?

医学、薬学、獣医学などの分野では、アジュバントが注目されているようです。現在のパンデミックによって、この分野が大きく進展することでしょう。新たな発見もあるのかも知れません。

個人的には安全性の高いアジュバントとして植物や食品関連物質に注目してしまいます。毒性(細胞死誘導効果)の強い物質の方が、当然アジュバント効果が高いということになる訳ですが、今後開発が予想される経口ワクチンでは易分解性の安全な化合物(アジュバンド)が求められるように感じます。

食品ではおなじみのシクロデキストリンや、ポリフェノールに属するキサントン3)、あるいは発泡性・溶血性で有名なサポニンをアジュバントとして利用する研究も行われているとのことで、学術的に遠い存在であったワクチンが身近に感じられるようになりました。

特に、ほぼ毎日食べている大豆サポニンのアジュバント効果について、かなり前から研究4)が行われていたことを知り大変興味を持ちました。

 

参考)

1)石井 健ら:ワクチン関連トピックス「誘導性アジュバント」、日本ワクチン学会ニュースレター、33巻(2018

2)Marrichal. T. et al.: DNA released from dying host cells mediates aluminum adjuvant activity. Nature Med. 17(8), 996-1002 (2011)

3)Verena K. et al.: Plant-derived vascular disrupting agents: compounds, actions, and clinical trials. Phytochm. Rev. 13, 191-206(2014)

4)K. Oda et al.: Adjuvant and haemolytic activities of 47 saponins derived from medicinal and food plants., Biol. Chem., 381(1), 67-74(2000)

 

2020年9月28日月曜日

新型コロナウイルス感染に伴う致死率と今後の検査技術

   世界的に見ると新型コロナウイルスの感染者数はまだ減少し始めたと言えるような状況にはなく、ヨーロッパ諸国での感染者が再び増加し始めているようですが、3月から6月までの第一波の流行を経験し、医療技術等の向上によって、油断は禁物ですが、感染者がヨーロッパ等で再び増加傾向にあるものの死亡者が少ないので、明るい兆しが見えてきたように感じます。

期待するのは致死率の低下と高感度・簡易・安価検出技術の共同開発です。全くの素人ながら文献を探したところ、イギリスのケンブリッジ大学や米国のフロリダ大学、ジョンスホプキンス大学、スイスのジュネーブ大学、フランスのパスツール研究所の共同研究による45か国を対象にした報告が見つかりました1)

まだアクセプト前の論文で、ドイツのマックスプランク感染研や日本の感染研の名前がないのが残念ですが、応援したい気持ちになります。

15件の抗体検査による感染者数の推定値を加味し、さらにヨーロッパにおける高齢者施設での死亡者の多さ等を考慮して調整した年齢階層別の致死率は、中国武漢で算出された値よりかなり低い値になっていました。

この値を基に日本における新型コロナウイルス感染による致死率を計算したところ0.89%になりました。

 高齢者の致死率が高いので、日本の致死率が比較的高いのはそのせいですが、高齢化率が低いアフリカ諸国の中で、比較的人口の多い国を選定して致死率を計算したところ、人口が約2億人のナイジェリアでは新型コロナ感染による致死率が0.068となり、かなり低い値になりました。

 


   年齢階層別に見ると、60歳を超えると致死率が明らかに増加し、70歳以上では1%を上回りますが、産業を支えている49歳までのグループは0.1%に満たない状況にあるとのことなので、少し安堵します。

日本では高齢者に対するインフルエンザワクチン接種の支援を始めていますが、さらに知恵を絞って70歳以上への効果的な具体策を案出すれば、高齢化の先頭を走る国として注目されることになります。

技術的な面で期待しているのは、もちろんワクチンの早期実現ですが、感染者の検査の精度向上と簡便化、安価提供システムの構築も将来に向けた重要な課題だと感じています。

SARSMERS対策に威力を発揮したのは非接触型体温計の急速な普及だったと思います。各国の空港の映像が目に焼き付いています。

最近は、進化分子工学の発展が著しいようです。


名古屋大学が918日公開のScience Advancesに抗体様分子のモノボディ(monobody)を用いて、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質に対する人工抗体の作成に成功したとを報告2)しています。抗体医薬の開発が目的で大きな前進だと思います。

また、新型コロナウイルスのスパイクタンパク質のレセプター結合ドメインをターゲットにした抗体様分子のアプタマーも海外で開発されています3)

これらの抗体様分子の開発は医薬品への応用が主目的になっていますが、今後は新型コロナウイルスのような病原体の検出技術への応用が世界的な協力体制の構築によって、将来に向け実施されることを期待しています。

参考)

1)Megan O’Driscoll et al.: Age-specific mortality and immunity patterns of ARAS-CoV-2 infection in 45 countries. medRxiv (

 https://doi.org/10.1101/2020.08.24.)

2)T. Kondo, et al.: Antibody-like proteins that capture and neutralize SARS-CoV-2. Sci. Adv., on September 18, 2020 http://advances.sciencemag.org/

 3)Yanling Song et al.: Discovery of Aptamers Targeting the Receptor-Binding Domain of SARS-CoV-2 Spike Glycoprotein., Anal. Chem. 92(14), 9895-9900 (2020)