紅麹サプリメントへのプベルル酸(Puberulic acid)の混入によるものと推定される被害が度々報道されているので、プベルル酸が属する「トロポロン(Tropolone)類=トロポノイド」について少し調べて見ました。
紅麹サプリメントへの混入が疑われるトロポロン類 |
トロポノイド研究の第一人者として知られる東北大学故野副鉄男教授によると、トロポロンの命名者は量子有機化学を専門としていたイギリスのM.J.S. Dewarとのことです1,2)。
1944年ロンドンで開催されたペニシリン国際会議で、アオカビが生産するスチピタチン酸(Stipitatic acid)の化学構造が論議され、その際にDewarがスチピタチン酸の基本骨格について、アトロピンの分解によって生じる7員環のトロピリデン(Tropylidene)に、ヒドロキシ基(-ol)とケトン基(-one)が結合したTropolone(トロポロン)と呼ぶことを提案したとのことです。
Dewarはさらに、コルヒチンもトロポロン構造を有しているとして、1945年にNature誌に報告4)しています。
構造決定されたトロポノイドの最初の化合物はスチピタチン酸で、次がコルヒチンということになります。
その後スウェーデンのErdtmanがヒノキ科のアメリカネズコ(Thuja
plicate)の心材からトロポロン骨格を持つα、β、γ-ツヤプリシン(Thujaplicine)を単離精製し1948年にNature誌に化学構造を発表5)しています。
一方、野副教授らは1936年にヒノキチオール分子の化学式(C10H12O2)を報告し1944年に薬学雑誌に化学構造を発表6)しましたが、7員環の二重結合が2個になっていました。台湾大学におられた野副教授と日本におられた執筆者との連絡不足が原因のようです。野副教授は1941年頃から二重結合を3個持つ7員環構造のアイディアを持っておられたとのことで、Dewarの1945年より早い時期に正しい化学構造をイメージしていたようです。
その後、ヒノキチオールはβ-ツヤプリシンと化学構造が同じであることが証明されているようです。
第二次世界大戦での研究中断や海外との情報交換が出来なかったなかでの野副教授の研究活動とその活躍に感銘を受けました。
その後、トロポロンは野副教授の下でアズレン等の色素化合物の開発や、非ベンゼン系芳香族の化学として発展を遂げ、1970年には仙台市で第一回非ベンゼン系芳香族化学に関する国際会議(ISNA)が開催され、1974年ドイツLindau市、1977年サンフランシスコ市と続き、2019年には第18回新芳香族化学国際会議が札幌市で開催されたようです。
残念ながら、紅麹サプリメントに混入したと言われているプベルル酸の毒性等についての詳細な情報を探すことが出来ませんでした。これからも論文などを読み、この続きを書きたいと思っています。
参考)
1)野副 鉄男:トロポノイド化学のおいたち、科学史研究、第5号(1976)
2)野副 鉄男: トロポノイド化学が育つまで、化学と生物、22(9),610-611(1984)
3)M.J.S. Dewar:Structure of Stipitatic Acid., Nature, 155, 50-51(1945)
4)M.J.S. Dewar:
Structure of Colchicine., Nature, 155, 141-142(1945)
5)H. Erdtman, J.
Gripenberg: Antibiotic Substances from the Heart Wood of Thuja plicata Don..,
Nature,161, 719(1948)
6)野副 鐵男ら:ヒノキチオールの構造について、薬学雑誌, 161
, 181-186(1944)
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