2017年10月25日水曜日

ジャガイモのソラニンの低減化育種と芽止め

  健康相談サイトなどを見ると、青くなったジャガイモや芽の出たジャガイモを食べてしまったのだけれども、ソラニンによる健康影響はないでしょうかとの相談がよせられています。妊婦さんからの相談もあるので、他人事とは思えません。

青くなったジャガイモの皮は厚くむきとり、芽は少し深くえぐり取って調理すれば問題ない訳ですが、そのことが伝承されないことに不安を感じます。

本来なら安全に食べることができるものなのですが、今の時代に沿って誰でも心配せず安心して食べられる品種(グリコアルカロイドが少なくかつ増加しない)の開発を期待します。

幸いにも、ジャガイモのソラニンなどナス科のグリコアルカロイドの合成経路がどんどん明らかになっています1、2)。理化学研究所を始めとして多くの大学が研究に関与し協力しているからです。ユリ科やツゲ科にもグリコアルカロイドが存在することから、海外ではユリ科植物を研究材料にした合成系の解明が行われています3)。米国では、このユリ科植物が家畜に重大な問題を引き起こした例があり、食用ではありませんが研究材料になったようです。この研究は、最近ではがん抑制成分などの薬理作用に焦点を当てた研究へと発展しています。

ナス科のアルカロイド合成では、これまでジャガイモのソラニンやトマトのトマチンの前駆体が4つの環構造(A~D環)を持つコレステロールであることは分かっていましたが、コレステロールが6個の環構造(A~F環)を持つソラニジンやトマチジンになる仕組みが分らなかったのです。コレステロールの4環構造がいっきに6環構造になる反応ですので、かなり魅力的です。

 このような環構造の形成では、ベンゼンの構造を考えたケクーレの逸話が有名になっていますが、ポリフェノールの一種で3つの環構造(A,B,C環)を持つフラボノイドの合成でも同じように感動的な反応が関与しています。フラボノイドの環構造は、3分子のマロン酸と1分子のp-クマル酸がいっきに合体して生じることが分かったのです。この反応を担っていたのはフラバノン合成酵素で1975年にドイツの研究者が発見しました(F. Kreuzaler, et al. Eur.J.Biochem,56, 205(1975))

 ナス科ステロイドアルカロイドの合成研究では、現在のところコレステロールに2個の環構造が加わるために必要な側鎖の修飾に関与する3個の酵素が解明されており、あとは窒素の供給源の解明と環形成酵素の発見が残されています。ユリ科の研究では窒素供給源はGABAのようですが、ナス科も同じなのだろうか。それにしても、環を形成する酵素の名称はどのようになるのか楽しみです。



 面白いことに、コレステロールの側鎖に水酸基を形成する酵素の発現を抑えると、ジャガイモ塊茎の芽や植物体の花芽の形成ができなくなるとのことです。

しかし、塊茎を土に埋めると芽は形成されるとのことなので、芽止め処理が不要なジャガイモができたことになります。一挙両得です。ただし、トマトの場合は花が形成されないと果実ができませんので、工夫が必要のようです。

 これらの研究によってグリコアルカロイド低減ジャガイモの育種ターゲットが明確になりました。最近、ジャガイモの品種は多様化して楽しみが増えましたが、消費者にやさしいジャガイモの出現によって、より一層身近な農産物になるものと思いました。

参考)
1)Naoyuki Umemoto, et al. : Plant Physiol., 171, 2458(2016)
2)Masaru Nakayasu, et al. : Plant Physiol., 175, 120 (2017)
3)Megan M. Augustin, et al. : The Plant J., 82, 991(2015)

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