2017年6月27日火曜日

テントウムシの足跡物質とアブラムシ寄生蜂


テントウムシの足跡があると、アブラムシに卵を産み付ける寄生蜂が寄り付かなくなるそうです。足跡物質(footprint)が残るからです。

昆虫は重力に耐え、垂直に立った窓や天井の板などの平滑面を自由に歩くことができます。なぜなのだろうか。この疑問を解明する研究は1970年頃から始まっています。テントウムシについても、1988年にオオニジュウヤホシテントウを用いた研究が行われ、他の昆虫と同様、足の付節に密集する毛に分泌される黄色の液が重要な役割を果たしていることが明らかなっています。実際に、オオニジュウヤホシテントウがガラス面を歩くと、微細な油滴が千鳥格子状に並んで残されるそうです。

もっとも、昆虫が草の上で滑らずいられるそのメカニズムについては、足跡物質のみならず、強く付着できる足の構造に対する関心も高く、電子顕微鏡を用いた詳細な観察が行われ、米国に生息するあるカメノコハムシ(palmetto tortoise beetle )は、その特徴的な足の構造によって体重の60倍の重さにも耐えられることが分かっています。この領域では、壁を駆け登るスパイダーマンが有名ですが、既に壁をよじ登るロボットも試作されており、昆虫の機能を活用した実用機ももうすぐ登場するものと期待しています。

テントウムシの足跡物質については、ナナホシテントウ、ニジュウヤホシテントウ、オオニジュウヤホシテントウなど3種のテントウムシについて、明らかになっています1)。面白いことに、テントウムシの足跡物質は炭素数が30前後の炭化水素が主要成分であり、テントウムシの種類ごとに含有する成分組成がかなり異なっているようです。さらに、肉食性であるナナホシテントウだけは他の2種と異なり、足跡物質に蝋(ワックス)が含まれていないとのことです。足跡物質を分析するとテントウムシの種類が分りそうです。でも、何故そこまで違う必要があるのだろうか。

30個の炭素が連なった炭化水素の融点は65.8です。その温度以下では個体状なので、それらはワセリンや潤滑油などとして用いられるそうです。テントウムシがガラス面を歩くと、ワセリン状の足跡物質がガラス面に付着し、テントウムシは落下を免れる訳です。足跡物質は、体表にも僅かに存在し、体表からの水の蒸発を防ぐ役割もしているものと考えられています。 

 最初に述べたとおり、この足跡物質をアブラムシの寄生蜂であるアブラバチの雌が認識し、アブラムシへの無駄な産卵を避ける訳です。賢いです。既に生物農薬として市販されているチャバラアブラコバチ(住友テクノサービス)、エルビアブラバチ(コパート社製)ともう一種を加えた3種のアブラバチ類と、ナナホシテントウ、フタホシテントウの2種のテントウムシを用いた実験では、チャバラアブラコバチとエルビアブラバチがナナホシテントウの足跡物質(C27C25の炭化水素)を強く避け、もう一種はナナホシテントウの足跡物質に加えて、フタホシテントウの足跡物質であるトリコサン(C23の炭化水素)にも反応したということです2)

テントウムシは、その種類によって足元に分泌する足跡物質が明瞭に異なります。またアブラムシ寄生蜂も、種によって足跡物質への反応が異なります。このようなきめ細かな違いが、自然の中で何故必要なのかが気になります。限りなく多様化が進むのでしょうか。

参考
1)尾崎 晶子:日本応動昆誌、40(1)47(1996)
2)Nakashima Y., et al. : J. Chem. Ecol., 32(2), 1989(2006)

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